「今日は」
森に吸い取られて、消えてしまいそうな声で目の前の彼女は礼した。
日本人の習性だからか、こっちもつい頭を下げてしまった。不思議な感覚だ。
「蟲、だよな」
つい聴いてしまった。其れはもう確実であったのに。
しかし其れを思わせない人間臭さを、彼女は漂わせていた。
そしてくすくすと笑いながら、そうよと短く、小さく返事をした。そして、
「貴方の傍、凄く安心する」
「嗚、お前と同じのが、よく憑いてくる」
「...ふふ、面白い。お名前は?」
アタシは、よ。にっこりと笑いながら、君は名乗った。
俺も名乗った。すると変な名前だと、笑われた。
「で、何の用?ふふ、アタシのコト、消しにきたの?」
「嗚、何と話の早い。まったく其の通りだ」
「軽く貴方の二倍は生きてるもの、こんな成りでもね?」
そう、君は蟲。本当に、ただの少女にしか見えないのに。けれど君は蟲なんだ。
君が触れた物はあっという間に腐っていく。ほら、既に君の足元の草花は枯れている。
この山の麓には小さな農村がある。是には本当に困っているらしい。
きっと彼女は何処に移住しても、このような扱いを受けるのだろう。だったら此処で、
「...名前、教えたのは貴方が初めて」
人と触れ合うことは無かった、だから人と話すのも、是が初めて。今まで何十年と生きてきたけれど。
小さく、小さく、叫んだ。方が少し震えていた。
迷惑を掛けないように、一日の、人生の大半をその大岩の上で過ごしていたんだろう?
決して山を降りたりは、しなかっただろう?
けれど、アタシは蟲だから。ほら、アタシを消すのは簡単よ、アタシに触れるだけ。
躊躇わないで、直に終わるから。直に居なくなるから。だからお願い、最後だけで良いから、
ヒトのぬくもりを、一度だけ。
彼女の差し出した手を取った。すると、彼女の足がどんどん砂になっていった。
なのに目の前の君は、酷く穏やかだった。
「私は、この日のために生きてきた。ねえ、ギンコ?」
そういい残して、指の間から水のように君は地面に落ちていった。
そして出来た白い砂の山は、風に吹かれて何処かに消えていった。
何故、雲は白いのかな。
其れは君が向かった先だから。あの消えそうな声が聞こえて、俺は答えた。