「ねえ、化野」

「なんだ?」

「・・・ あのね、わたs  」


その時、こう思ったんだ。

「いっそ、全部消えてしまいたい。」


私は透明になった。

何時だったか、初めは手や足の指の先がすうっと透けて見えただけだった。

最初は幻覚だと思ったし、すぐに元に戻ったので、気にもしていなかった。

本当に稀な現象だったし。

けれど、回数は増えていって、元に戻らない処もできた。

村の人は、私を離れに移して近づかないようになった。

其れから私は、ずっと一人で鏡を見て、全て消えるのを待ってた。


でも化野が来てくれた。

「怖くないの?」って聞いたら「全然」って、言ってくれた。

彼は不思議な物が大好きだったから。(って事は私は不思議な、モノなのね)

壁越しだけど、毎日それなりに楽しく過ごせていた。

何時消えても、満足だろう。と、思えた程に。


「もう、頭しか見えないのよ。気持ち悪い」

「自嘲か?」

「ええ、そうね」


次の日、姿はもう見えなくなった。

けど、声は残ってる。


「早く消えて欲しい」

「そんな事言うなよ」


泣きそうになった。きっと涙は流れないのに。


「今蟲師を呼んでるから、」

「...無駄よ。此処まで進行してるのに」


如何して心配するのか解からない。


「もう私存在しないのよ?」

「でもちゃんと此処にいる」

「見えないでしょ」

「見えなくても、」


ちゃんと視てる。




早く私を殺して!


声を失っても、なお?
























































私はとうとう声も「透明」に成った。

今頃、村はきっと私の事を噂しているのだろう。

嗚呼、早く「自分」全てが透明になればいい。


でもきっと、こいつは其れを許さない。


「、今日はずっと此処に居てやるから」


ほら。


「   、     ?」

「もしかして遠慮してんのか?まあちょっとばかし寒いが」

「       !     」

「まあ大丈夫だろ、風邪は引くかもな」


ばさばさと上着を羽織る音がする。

其処で野宿する気満々らしい。


「      !!」

「...じゃあそっち行ってもいいのか?」


私は口を開けなかった。

(否、開いていても実感は無いし相手もわかっていない筈だし意味の無い行動だ)

でも化野はさっきから不思議と私の言いたい事の近くをつついてくる。


「ほらな。だから此処で良いんだ」

「     、    」

「...御休み」

「      、      」


きっと、私今泣いてるわ。

涙が流れないのに「泣く」は可笑しいのかしら、間違ってるのかしら。


でも、もう貴方に其れを問う事も出来ないのね。

だから私は仮の「泣く」行為を続けるしかないのね。



音がしない、見えない。























































朝が来た。

まだ視覚はあるから、朝日で起きる事が出来た。

化野は、大丈夫だろうか。

風邪引いてないかな、何てことも私はもう確かめられない。

起きて来るのを待つしかない。


嗚呼、もどかしい。


「    、    、   」


聞こえていないだろう声を出すけれど、やっぱり起きる気配が無い。


「    、    ・・・」


まさか、

(・・・厭だ、止めてよ)

厭な予感が頭を過ぎる。



「...?」


聞きたかった、声。


「・・    !      !?」

「嗚呼、御免御免。何も言わずに出てきたからな」


化野はもう私が起きるずっと前に起きていた。

そして、迎えにいってくれていたんだ。


「。もう大丈夫だ。蟲師がきたぞ」

「・・・・   ?」

「・・・こいつか。かなり進行してるな」


髪が真っ白、目は緑。

思わず見とれてしまうくらいそのコントラストは綺麗だった。


症状を調べるために、久しぶりに私は人に触れられた。

何だか変な感じ。


「...『無』だな。存在を喰う蟲だ」

「...    ?」

「という存在が消える」

き え る  、

「姿や声だけじゃない。心も消える。周りの奴の中のお前の存在も 全部、だ。」

      ぜ んぶ  。

「間に合うのか?は、元に戻るのか?」

「・・・この蟲は進行が早いが、対処は簡単だ。光酒を盃に注いでその辺に置いておけば、

無はそっちに群がる。は戻る」


化野は、ほっと安堵のため息をした。


有難う。 でも、私は


そんなの望んではいない。














































もしかしたら、この蟲師さんは私が見えてるのかもしれない。


「   !        」

「...おい、化野。何か厭がってるぞ」

「...え?」


(やっぱり通じた!)

「                  。」

蟲師のギンコさんはとても驚いていた。

そんなに可笑しいのだろうか、恐ろしいのだろうか。

化野は「何だって?」と、知りたそうに繰り返していた。


「は、このまま消えたいそうだ」


次は化野も目を丸くさせた。

「・・・・、何で」

「・・・・   、             。」

(・・・・だって、わたしにはいばしょがないの。)

こんな離れに移されて、一人で暮らしてきた。

鏡しかないこの部屋で、消え行く自分をいつも見ていた。

つらくて、可笑しくなりそうだったけど助けは居ない。

(もう、楽にしてくれてもいいじゃない)

そう思うのはいけないこと?


「居場所なら此処にあるんじゃないのか?」

私は(彼に私が見えている事を信じて)首を横に振った。

「      、            !」

化野にはとても感謝している。

だけどもう、迷惑はかけたくない。

村の人に、化野まで白い目で見られるのを見たくない。



「・・・また遠慮してるんだろ」


止めて。


決意が歪みそう。






















































「俺は戻ってきて欲しいと思ってる」

「    、  !」


(私的に)叫んだ瞬間、目の前がぐにゃっと歪んだ。

何が、起こった?

「やばい、消える!」

ギンコさんがそう言ったのを最後に私はもう何も聞こえなくなった。

目の前は歪み続けた。





・・・あたたかい。




「・・・・!」

「      ・・・・あ、あだし、の」


声が戻っている。

目の前もいつもの風景。

姿も、戻っていた。


「全部消えそうだったもんで、ちょっと手荒だが光酒をぶっかけてみた」

「おまえ・・・風邪引いたら如何するんだよ」

否、此処には幸い素晴しい医者が居るしな。とギンコさんはおどけた。


嗚呼、私は結局消えることは出来なかった。



消えるのと消えられるの

どちらがよりつらいのだろうか。


「・・・済まなかったな、ギンコ」

「否、こんなもん朝飯前よ」

「・・・。お礼言え」


お礼。

私は望んでたわけでは無いのに。

でも、悲しくは無いの、寧ろ嬉しい事に嘘は無い。


きっと、これで良かったんだ。


「あ、あり、ありがとう。っ」


久しぶりに声を出した気がする。

何時も、聞こえないだけでちゃんと私は叫んでたのに。


伝わる、って

こんなに良い事だったんだ

こんなに、愛しい。


こんなに、嬉しい。



あたしは、声が潰れそうに成るくらい有難う、を叫んだ。

涙も枯れちゃうくらいに流した。



やっと、「泣く」ことが、出来た。




もう、消えない。あたし。